第11章ズボンを脱いでください

「今すぐエピネフリンを投与!」アンナは手術台へ駆け寄り、手術室に張り詰めていた空気をその一声で断ち切った。手を差し出す。「メス!」

突然飛び込んできた女に、手術室の全員が凍りついた。視線がいっせいに執刀医へ向く。

医師は先ほど外で待っていた女だと気づき、顔色を失った。彼女の背後に立つリチャードを見つけると、後悔の色が一瞬だけ顔をよぎる。

「彼女の言うとおりにしろ!」リチャードが命じた。

その声で室内は静まり返り、器具の規則的な音だけが刻むように響いた。

手術は三時間続き、彼らはベンを死の淵から引き戻すことに成功した。

モニターの数値が徐々に正常域へ戻っていくのを見て、室内の全員がほっと息を吐いた。

リチャードは終始、その一部始終を見守っていた。

アンナはマスクを外した。「トンプソン先生」

リチャードはアンナの肩を軽く叩き、目を称賛の光で輝かせる。「言葉はいらない。本当に、今日はありがとう。君は子どもの命を救っただけじゃない。病院の評判まで守ってくれた」

リチャードは心底うれしそうだった。アンナに対する自分の見立てが正しかったのだ。

「アンナ、ひとつ頼みがある。聞いてもらえるかな」

アンナはうなずいた。

「スターリング氏の容体が、ご家族をずっと悩ませている。病院としても特別チームを組んでいるが、長年ほとんど進展がない。正式に、君にチームへ参加してほしいんだ」

アンナは少し考えた。マリーゴールドを探す必要があるし、この病院に定期的に出入りできる立場も欲しい。短い逡巡ののち、了承した。

リチャードは大喜びで彼女を診察室へ案内する。「ここで休んでいてくれ。スターリング氏はもうすぐ到着する。いっしょに診よう」

「わかった」アンナは答えた。

ウィリアムが到着したのは、きっかり三時だった。

エレベーターを降りた彼の目に、廊下で待っているリチャードが映る。

「スターリング様」リチャードは笑顔で迎えた。「本日、専門家をお招きしました」

看護師がウィリアムを車いすから診察台へ移す。体勢を整えたそのとき、室内に足音が響いた。

ウィリアムが振り返ると、そこに立っていたのはアンナで、思わず目を見張る。

「ズボンを脱いで」

ウィリアムは反射的にズボンを押さえ、声を冷たく落とした。「アンナ、いったい何をしている」

アンナはマスクを引き下げて微笑む。「診察よ。もちろん」

ウィリアムは怒りをにじませてリチャードを見た。「専門家を見つけたって電話してきたんじゃなかったのか。なぜ彼女がいる」

リチャードは額を叩いた。「スターリング様、紹介が遅れました。アンナが、私の申し上げた専門家です。どうか検査にご協力ください」

それを聞くや、ウィリアムはすぐに上体を起こし、氷のような表情になった。「トンプソン先生。誰彼かまわず専門家扱いするなら、あなたは正気じゃない」

リチャードの顔が恥ずかしさで真っ赤になる。「スターリング様、前回お倒れになったとき、助けたのはアンナです。一度だけでも診せていただけませんか」

ウィリアムは鼻で笑い、従う気配を見せない。

板挟みのリチャードを見て、アンナが一歩進み出た。「ウィリアム。そんなに拒むなんて、何か隠してるの?」

ウィリアムの視線が硬くなる。「黙れ」

「ずいぶん強い反応。図星だったかしら」

言い返そうとしたウィリアムより先に、アンナが言葉を切った。「賭けをしましょう」

ウィリアムの声は冷えたままだ。「どんな賭けだ」

「あなたの症状の原因、私が言い当てる」

ウィリアムは嘲るように笑い、まともに取り合わない。

「俺の症状なら周知だ。いまさら診断など要らない」

アンナは首を横に振った。「麻痺のきっかけが交通事故なのは知ってる。でも前に診たとき、歩けない理由が事故だけじゃないってわかった」

それを聞いて、リチャードが慌てて口を挟む。「スターリング様、どうか診せてください。今日もアンナは緊急で子どもの命を救いました。彼女がいなければ、当院は評判を落とすどころか、最悪、死亡事故になっていた可能性もあります」

ウィリアムは、アンナが指圧のような手技で子どもを蘇らせた光景を思い出す。

少し考えた末、彼はようやく同意した。

横になるのを確認し、リチャードは励ますようにアンナへうなずく。「アンナ、始めてくれ」

アンナもうなずいた。「ズボンを下ろして」

ウィリアムは黙ったまま、看護師がゆっくりとズボンを下ろすのを許した。

黒いボクサーパンツと長い脚があらわになると、ウィリアムは無意識にシーツを握りしめた。ふくらはぎに、温かな指先が触れる。

アンナは脚の筋肉の緊張に気づき、そっと叩いてほぐす。「筋緊張は保たれてる。外からの刺激への反応も明瞭ね」

それにリチャードが誇らしげに言う。「専門チームが、スターリング様の身体が最良の状態を保てるよう管理しています」

アンナはうなずき、脚に沿って触診を続けた。足へ手を伸ばし、指で押す。「これは感じる?」

ウィリアムは黙ったまま。リチャードが首を振る。「そこは無反応です」

アンナは少し考える。「うつ伏せにして」

「アンナ!」ウィリアムの声に怒気が混じる。

アンナは眉を上げた。「協力するって言ったでしょう?」

ウィリアムは冷たい表情のまま、看護師に身体を返され、うつ伏せで診察台に伏せた。

アンナの手が腰のあたりをたどり、ときおり尋ねる。「ここは感じる?」

ウィリアムは答えず、リチャードが代わりに返す。しばらくして、ようやくアンナは検査を終えた。

彼女は手を拭う。「治せるわ、この症状」

リチャードは目を見開いた。「今、何と言った?」

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